抜群のビジュアルセンスと優しくもエモーショナルな親子のドラマが評判を呼び、若手監督の登竜門、サンダンス映画祭で絶賛された話題作『SCRAPPER/スクラッパー』。
監督は10代から200本以上のMVの監督を務め、マイケル・ファスベンダーの制作会社に才能を見出された新鋭シャーロット・リーガン。主演は本作がスクリーンデビューとなるローラ・キャンベル。たくましさと可憐さが共存した絶妙な演技で、ロンドン映画批評家協会賞【若手俳優賞】を受賞するほか、複数の俳優賞にノミネートされた。一人娘ジョージーと親子関係を構築しようとする不器用な父親ジェイソンに扮するのは、『逆転のトライアングル』『アイアンクロー』など、話題作への出演が立て続くハリス・ディキンソン。次世代の英国俳優として期待を寄せられている彼が新境地を魅せる。
『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』を思わせるポップな色遣い×社会福祉の脆弱性を見つめたテーマ性、『aftersun/アフターサン』『カモン カモン』にも通じる、どこか機能不全な“親子”の交流と成長を通して、どこかで欠けているけど、ぎこちなくて愛おしいふたりの姿を映し出す、オリジナリティあふれる感動作が誕生した。

 母親をなくしひとりで暮らす、12歳の少女・ジョージー
彼女の前に突然現れた、父親を名乗る男・ジェイソン
近くて遠いふたりの不器用な共同生活がはじまる――

母との思い出が詰まった居場所を守るため、アパートで独り暮らしをしているジョージー。生前に母からもらった大切なユニフォームをさながら戦闘着のごとく身にまとい、大人顔負けの話術と図太さで近隣住人やソーシャルワーカーの介入や詮索をかわし、親友のアリと自転車を盗み日銭を稼ぎながらたくましく生き抜いていた。
そんな彼女のもとにある日突然、父だと名乗る金髪の男ジェイソンが現れる。母を捨てて育児から逃げた父を許せず、拒絶するジョージー。信頼関係ゼロのふたりが見つけたものとは……。

【ブレイディみかこ(作家)コメント】
※パンフレット掲載コラムより一部抜粋 ※全文は劇場販売パンフレットをご覧ください

わたしが英国で保育士の資格を取ったときに、何度となくコースの講師に叩き込まれた言葉からこの映画は始まる。
「It takes a village to raise a child. (子供は地域で育てるもの)」その有名な言葉にはいきなり打ち消し戦が引かれ、真っ向からそれを否定するような言葉が現れる。「I CAN RAISE MYSELF THANKS. (私は自立しているから大丈夫)」
観る者がここで予感するのは、この映画は何かに中指を立てている、いやもっと上品な言葉で言えば、定説に意義を唱えた作品ではないかということだ。
その予感通り、「キッチンシンク」と呼ばれるタイプの英国の映画やドラマを見ている人々なら、『SCRAPPER/スクラッパー』はそのジャンルのイメージをひっくり返すものであることがわかる。

「キッチンシンク」とは、もともとは1950年〜60年代に英国で起きた文化運動のことで、映画やドラマの世界では、が主人公の物語ではなく、労働者階級のタフな日常や貧困を赤裸々に描く社会的リアリズムの作品が「キッチンシンク」のジャンルとして確立された。
貧しい階級の日常や貧困を取り上げている点では、 『SCRAPPER/スクラッパー』も「キッチンシンク」と呼ぶことができる。

 

だが本作は、伝統的な「キッチンシンク」と明らかに一線を画している。
「『キッチンシンク』がいつも灰色である必要はない」ということを示しているからだ。
労働者階級の日常が悲惨な出来事だけで塗りこめられているはずがない。
どんな階層の人間の生活にも、笑いや他者との温かなつながりは存在している。
暗い灰色の「キッチンシンク」があるなら、ほっこりさせられるパステルカラーの「キッチンシンク」があってもいいのだ。

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