抜群のビジュアルセンスと優しくもエモーショナルな親子のドラマが評判を呼び、若手監督の登竜門、サンダンス映画祭で絶賛された話題作『SCRAPPER/スクラッパー』。
監督は10代から100本以上のMVの監督を務め、マイケル・ファスベンダーの制作会社に才能を見出された新鋭シャーロット・リーガン。主演は本作がスクリーンデビューとなるローラ・キャンベル。たくましさと可憐さが共存した絶妙な演技で、ロンドン映画批評家協会賞【若手俳優賞】を受賞するほか、複数の俳優賞にノミネートされた。一人娘ジョージーと親子関係を構築しようとする不器用な父親ジェイソンに扮するのは、『逆転のトライアングル』(22)、『アイアンクロー』(23)など、話題作への出演が立て続くハリス・ディキンソン。次世代の英国俳優として期待を寄せられている彼が新境地を魅せる。
『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(17)を思わせるポップな色遣い×社会福祉の脆弱性を見つめたテーマ性、『aftersun/アフターサン』(22)、『カモン カモン』(21)にも通じる、どこか機能不全な“親子”の交流と成長を通して、どこかで欠けているけど、ぎこちなくて愛おしいふたりの姿を映し出す、オリジナリティあふれる感動作が誕生した。

 母親をなくしひとりで暮らす、12歳の少女・ジョージー
彼女の前に突然現れた、父親を名乗る男・ジェイソン
近くて遠いふたりの不器用な共同生活がはじまる――

母との思い出が詰まった居場所を守るため、アパートで独り暮らしをしているジョージー。生前に母からもらった大切なユニフォームをさながら戦闘着のごとく身にまとい、大人顔負けの話術と図太さで近隣住人やソーシャルワーカーの介入や詮索をかわし、親友のアリと自転車を盗み日銭を稼ぎながらたくましく生き抜いていた。
そんな彼女のもとにある日突然、父だと名乗る金髪の男ジェイソンが現れる。母を捨てて育児から逃げた父を許せず、拒絶するジョージー。信頼関係ゼロのふたりが見つけたものとは……。

ジョージー役 ローラ・キャンベル

2011年生まれ、イギリス出身。本作でスクリーンデビューを果たす。主演ジョージー役でロンドン映画批評家協会賞【若手俳優賞】を受賞する他、英国インディペンデント映画賞、ロンドン映画批評家協会のブレイクスルー・パフォーマンス賞にノミネートされた。その後の出演作にTVシリーズ「イーストエンダーズ」(24)のブリトニー・ウェインライト役がある。

ジェイソン役 ハリス・ディキンソン

1996年6月24日生まれ、イギリス出身。若い頃から俳優、映画制作を志し、高校中退後、ロンドンの演劇学校で学ぶ。初主演作『ブルックリンの片隅で』(17/未公開)でフランキー役を演じ、インディペンデント・スピリット・アワードの主演男優とゴッサム・インディペンデント映画賞のブレイクスルー・アクター賞にノミネートされ、ロンドン映画批評家協会賞でヤングブリティッシュ/アイルランド・パフォーマー賞を受賞。さらに2022年には多様な映画・テレビ作品において高い評価を得る。主な出演作に、『ブルックリンの片隅で』、『マレフィセント2』(19)、『マティアス&マキシム』(19)、『キングスマン:ファースト・エージェント』(20)、『ウエスト・エンド殺人事件』(22)、『ザリガニの鳴くところ』(22)、『逆転のトライアングル』(22)、『アイアンクロー』(23)など。

監督・脚本 シャーロット・リーガン

1994年6月19日生まれ、イギリス出身。10代の頃からミュージックビデオの監督として活躍。これまでに撮影したMVは合計100本以上。また同時期、パパラッチカメラマンとしても活動していた異色の経歴を持つ。初の短編映画『Standby』(16)はトロント国際映画祭でプレミア上映。2作目の短編『Fry-Up』(17)はロンドン映画祭、サンダンス映画祭、ベルリン映画祭で上映され、3作目の『Dodgy Dave』(18)はトロントとロンドン映画祭で上映された。2017年マイケル・ファスベンダーの製作会社DMCフィルムに才能を見出され、本作を制作する。

(順不同・敬称略)

主役ジョージーの情景の表し方がアートを見ているような工夫があり、監督であるシャーロット・リーガンの想いや個性に沢山引き込まれて最後まで楽しんで見れました。
イギリスの平和な日常の中で、親子の素直になれない感情の表現に愛おしさを感じました。

SUMIRE (モデル・俳優)

母を失い懸命に強くあろうとする捻くれた少女と突然現れた未熟な父親との邂逅。そのぎこちなく不器用な歩み寄りに癒された。まるで悪友同士のような親子、こんな関係だってありだよね。

宇垣美里 (フリーアナウンサー・俳優)

喪失の重みと、ポップな演出とのコントラストが、清々しかった。
カラフルな街並みを混ぜ合わせたような、 少女のグレーな心模様。
彼女と出会う前にはもう戻れない。訳あり親子映画の、新たな名作。

小川紗良 (文筆家・映像作家・俳優)

親になるということは
自分という人間が何者なのかわかりきれないうちに
己より遥かに弱く未熟な生命と共存していくということ。
互いの弱さも強さも許しあいながら、手と手を取り合うということ。
こんなにも当たり前のことを、役割をもうけた途端我々は見失ってしまう。
それを見つめ直すような時間だった。

枝優花 (映画監督・写真家)

背伸びする少女と成長しない男。同じ目線だから繋がれた2人のわんぱくな営みが、悲しみに染まった世界の色を塗り替えていく。生きている限り喪失と決別することはできないけど、それでもまた新しい宝物は増えていくんだろう。

ISO (ライター)

子供の無限な空想に彩られた物語のなかで、 失ってしまった最愛の母親の存在には映画の魔法がかけられていない。
それはジョージーが心のどこかでもう母親がこの世にいない現実をきちんと理解していることを尊重しているようでもあり、
そこに『SCRAPPER/スクラッパー』という作品の美質があるといえるかもしれない。

児玉美月 (映画文筆家)

色彩に満ちたスクリーンのなか、大人と子供の狭間にいるようなふたり。
その横顔はいつもどこか儚く、強い瞳の奥には優しさと揺らぎが映る。
その姿はあまりに美しく、親子そのものでした。
きっと彼らは最高のパートナーとして、生きていくのでしょう。

小川未祐 (俳優)

きつい編み込みに、しかめっ面で人好きしない態度の女の子。12年の溝を埋めるには手強い相手だ。
ハリス・ディキンソン演じる若い父親の、距離の詰め方が絶妙。人生を覆う湿っぽさをタフに吹き飛ばす快作。

山内マリコ (小説家)

<SCRAPPER>=闘う人というタイトル通り、大人びた性格にならざるを得ない、子供が子供のままでいられない状態だったジョージー。
突如あらわれた父のジェイソンが、母を亡くし一人でサバイブしてきた彼女にとって一番必要な言葉をくれる存在になった瞬間が最高でした。
親子、友達、相棒……など、いろんな関係を構築していくだろうふたりの今後に、子を育てる身として想像が止まりません。

清田隆之 (桃山商事)

わたしが英国で保育士の資格を取ったときに、何度となくコースの講師に叩き込まれた言葉からこの映画は始まる。
「It takes a village to raise a child. (子供は地域で育てるもの)」その有名な言葉にはいきなり打ち消し戦が引かれ、真っ向からそれを否定するような言葉が現れる。「I CAN RAISE MYSELF THANKS. (私は自立しているから大丈夫)」
観る者がここで予感するのは、この映画は何かに中指を立てている、いやもっと上品な言葉で言えば、定説に意義を唱えた作品ではないかということだ。
その予感通り、「キッチンシンク」と呼ばれるタイプの英国の映画やドラマを見ている人々なら、『SCRAPPER/スクラッパー』はそのジャンルのイメージをひっくり返すものであることがわかる。

「キッチンシンク」とは、もともとは1950年〜60年代に英国で起きた文化運動のことで、映画やドラマの世界では、が主人公の物語ではなく、労働者階級のタフな日常や貧困を赤裸々に描く社会的リアリズムの作品が「キッチンシンク」のジャンルとして確立された。
貧しい階級の日常や貧困を取り上げている点では、 『SCRAPPER/スクラッパー』も「キッチンシンク」と呼ぶことができる。

だが本作は、伝統的な「キッチンシンク」と明らかに一線を画している。
「『キッチンシンク』がいつも灰色である必要はない」ということを示しているからだ。
労働者階級の日常が悲惨な出来事だけで塗りこめられているはずがない。
どんな階層の人間の生活にも、笑いや他者との温かなつながりは存在している。
暗い灰色の「キッチンシンク」があるなら、ほっこりさせられるパステルカラーの「キッチンシンク」があってもいいのだ。

ブレイディみかこ (作家)
※パンフレット掲載コラムより一部抜粋 ※全文は劇場販売パンフレットをご覧ください

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